【拡大】医療法人の分院開設とは|制度・手続き・組織体制の基礎

澤奈央子

医療法人を設立し、本院の経営が軌道に乗ってくると、「次の拠点として分院を」と考える院長は少なくありません。

しかし、分院開設は、ただ場所を増やすだけの話ではなく、法人全体の経営に関わる大きな判断になります。

まず何をすればいいのか。手続きを間違えると開院できないのか。そもそも分院するメリットは?

こうした不安を解消するために、この記事では分院開設に必要な条件、行政手続きの流れ、そして多拠点経営を支える組織体制について解説します。

分院とは何か|医療法人で分院を出すための条件

まずは分院の制度上の定義や、開設に不可欠な組織の条件を確認しておきましょう。

本院と分院の違い

「本院」「分院」はいずれも医療法上は診療所です。

本院:法人が最初に、または中心として運営している診療所
分院:同一法人が別の所在地に追加で開設する診療所

一つの法人であっても、拠点ごとに次の手続きが必要です。

  • 診療所ごとに管理者(原則常勤医師)を置く
  • 保健所から開設許可を受ける
  • 厚生局から保険医療機関の指定を受ける

分院を開設する場合は、定款に新しい診療所の所在地を追加するため、定款変更認可の手続きから始めます。

参考:医療法

分院を出せるのは医療法人のみ

原則として、個人が開設できる診療所は1か所に限定されています。

そのため、2か所目以降の拠点を設けるには医療法人化が必須条件となります。

将来的に分院展開を見据えるなら、法人設立の段階から複数拠点運営を想定した定款を作成しておくなど、長期的な視点で準備を進めるのがスムーズです。

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院長と理事長の役割の違い

分院展開後は、理事長が経営全体を統括し、各拠点には実務を任せる分院長(管理者)を配置します。

  • 理事長:法人全体の経営判断、契約、行政手続きなどの責任を負う
  • 分院長(管理者):各診療所の診療体制や日常運営の責任を負う

上記のように、責任を負う範囲が明確に分かれています。

医療法人の分院開設までにやるべきこと

分院開設は、行政手続きに入る前の準備も欠かせません。

分院開設の事業計画を具体化する

分院設立は、物件契約や人員配置を進める前に、前提となる計画を固めておく必要があります。

確認すべきポイント
  • なぜ分院を出すのか
  • 立地の根拠はあるか
  • 診療科目の位置づけ
  • 管理者となる医師は確保できているか
  • 初期投資額
  • 立ち上がりまでの資金繰り
  • 分院開設後の法人全体の収支

分院単体ではなく、法人全体で無理のない計画かどうかが基準になります。

分院長の選任と組織体制の整備

診療所ごとに管理者を置くことは医療法上の要件であり、分院にも分院長(管理医師)が必要です。

退職が生じた場合は変更届出も必要になるため、人選は継続性を前提に検討します。

あわせて、法人全体の役割分担を明確にします。

  • 理事長の意思決定範囲
  • 本院と分院の管理体制
  • 事務部門の統括

組織図を文書化しておくと、行政対応や金融機関説明の際にも有効です。

医療法人の分院開設の行政手続き

医療法人が分院を開設するには、複数の行政手続きを経る必要があり、通常は4〜6か月程度を見込む必要があります。

ここでは神奈川県の運用を例に、一般的な流れと目安期間を示します。実際の期間は受付時期や審査状況により前後します。

1.事前相談を行う(本院を管轄する所轄庁)

分院は新たな診療所の設置にあたるため、定款変更認可が必要です。

神奈川県では、正式な本申請の前に所轄庁との事前相談(実質的な事前審査)を経ます。

ここで内容が整っていないと、本申請に進みません。

相談前に最低限決めておく事項
  • 分院予定地(住所が確定していること)
  • 管理医師の予定者
  • 診療科目
  • 開院希望時期
  • 定款変更の方向性

相談時には、定款変更案や必要書類のドラフトを提示し、内容の修正指示を受けます。実質的には“事前審査”の位置づけです。

ここで整ってから、正式な認可申請に進みます。

2.定款変更認可申請を行う(本院を管轄する所轄庁)

事前相談で内容が整った後、正式な認可申請を行います。

申請前に必要となる手続きは次のとおりです。

手続きの流れ
  • 理事会で定款変更案を決議
  • 社員総会で特別決議

内容が適正と判断されれば、定款変更認可書が交付されます。

審査期間は概ね2〜3か月が目安です。

3.定款変更の登記を行う(法務局)

定款変更の認可を受けた後、変更内容を法務局で登記します。

これは「分院を登記する」のではなく、医療法人の定款変更内容を法人登記に反映させる手続きです。

医療法上、認可日から2週間以内に変更登記を行う必要があります。

登記が完了すると、履歴事項全部証明書を取得できます。この登記事項証明書は、分院所在地の保健所で開設許可申請を行う際に必要になります。

4.事前相談を行う(保健所)

定款変更の登記が完了した後、分院所在地を管轄する保健所へ図面段階での事前相談を行います。

ここでは、設計図面が医療法上の構造設備基準を満たしているかを確認します。

主な確認事項
  • 平面図のレイアウト
  • 各室の面積基準
  • 手洗い設備の配置
  • エックス線室の遮へい構造(該当する場合)
  • 管理医師の常勤体制

この段階は「工事前の確認」です。 基準を満たしていなければ、設計変更が必要になります。

5.診療所開設許可申請を行う(保健所)

内装工事が完了した後、正式な開設許可申請を行います。

申請後、保健所による書類審査と実地検査が行われます。

提出書類例
  • 診療所開設許可申請書
  • 登記事項証明書
  • 定款
  • 管理医師免許証写し
  • 構造設備概要書
  • 完成後の平面図

実地検査では、図面どおりに施工されているか、医療法上の構造設備基準を満たしているかが確認されます。

神奈川県内では、事前に図面相談を済ませている場合、申請から許可取得まではおおむね2〜3週間程度が目安です。

ただし、検査日程や不備の有無によっては前後します。

6.保険医療機関指定申請を行う(地方厚生局)

開設許可後、保険診療を行う場合は地方厚生局へ「保険医療機関指定申請」を行います。神奈川県は関東信越厚生局神奈川事務所が窓口です。

締切日は前月10日(休日の場合は前営業日)、指定日は毎月1日です。

たとえば、4月1日から保険診療を開始したい場合、3月10日までに申請を行う必要があります。

締切に間に合わなければ、指定日は5月1日以降になります。

あわせて提出することが多いもの
  • 施設基準届出
  • 生活保護指定申請(必要な場合)
  • 労災指定申請(必要な場合)

開院日(保険診療開始日)は、保険医療機関の指定日から逆算して設定します。

医療法人における分院展開のメリット

ここまで、分院設置に必要な手続きを見てきました。

では、実際に分院を持つことで、法人にどのようなメリットが生まれるのでしょうか。

経営と診療の役割分担が可能になる

分院を持つことで、診療責任と法人経営の責任を分けやすくなります。

各拠点の診療・日常運営は分院長が担い、理事長は法人全体の資金計画や投資判断、将来の展開戦略に時間を割く体制を設計しやすくなります。

単院では理事長が診療と経営を同時に担う構造になりやすいですが、複数院体制では役割を分担しやすくなります。

管理職層を形成できる

分院長、事務長、看護師長などの役割を設けることで、中間管理層を持つことができます。

単院ではポスト数が限られますが、複数院体制では「役割で回る運営」に移行しやすくなります。

医療法人の継続性という観点でも、経営に関与する人材を段階的に育てることは合理的といえます。

業務を法人基準で統一できる

診療手順、レセプト点検、接遇、採用基準などを法人共通ルールとして整備できます。

複数院を運営する前提でルールを統一することにより、院ごとの差を抑え、どの拠点でも一定水準の運営を維持しやすくなります。

これは法人の信用やブランドを維持する上でも重要なプロセスです。

拠点別の数字管理が可能になる

分院ごとの損益を把握する体制を構築できます。

  • 院別収益性の比較
  • 固定費の吸収構造の確認
  • 不採算部門の早期把握

といった経営管理を行いやすくなります。

法人全体の資金残高だけを見るのではなく、「どの拠点が収益を生み、どの拠点でコストが増えているか」を把握できる点は、多拠点運営でより明確になる視点です。

法人内での人員配置が柔軟になる

各分院には管理者が必要ですが、それ以外の医師やスタッフについては、法人内で配置調整を行いやすくなります。

急な退職や欠員、特定時期の繁忙などに対しても、他拠点からの応援勤務などを検討できるため、単院よりも対応の選択肢が広がります。

結果として、組織としての安定性を高めやすくなります。

経営リスクを分散しやすくなる

単院では、患者数の減少や競合の参入、院長の体調不良などが直ちに経営へ影響します。

複数拠点を持つことで、ある拠点の落ち込みを他拠点が補う構造を持ちやすくなります。

もちろん完全にリスクを排除できるわけではありませんが、単院よりも収益変動を平準化しやすくなります。

診療圏を拡大できる

複数エリアに拠点を持つことで、診療圏を広げることができます。

一つの商圏に依存せず、地域ごとの人口動態や需要特性に応じた展開を検討できるようになります。

また、拠点ごとに地域医療機関との接点を持つ機会が増えるため、エリア内での認知を高めやすくなります。

採用面での優位性を持ちやすい

複数拠点を持つ法人は、

  • 勤務地の選択肢
  • 将来的な分院長ポスト
  • 一定規模の法人としての安定感

を提示しやすくなります。

医師やスタッフにとって、キャリアの見通しが示されていることは重要な要素です。単院よりも長期的な人材確保につながりやすい側面があります。

医療法人が分院展開を検討すべきタイミング

「そろそろ分院を」と感じても、勢いだけで進めると本院に負担が残ります。

実際は、次の条件が重なったときに検討が現実的になります。

1.本院が無理なく黒字を維持できている

分院は立ち上がりに時間がかかり、思ったより患者が伸びない時期もあります。

その間、本院の利益で支えられるか、内部留保を崩しても経営が揺れないか、ここまで確認できているかが一つの目安です。

2.分院長候補がいる

分院の手続きを始めてから医師を募集するのでは、スケジュールが大幅に遅れるリスクがあります。

単に「医師免許がある」だけでなく、以下の条件を満たす候補者が具体的に決まっているかが重要です。

  • 管理者を引き受ける意思がある
  • 法人の方針を理解している
  • 長期的に関わる意向がある

もし手続きの途中で辞退や退職が生じると、認可申請そのものがストップしたり、再申請が必要になったりするなど、経営面だけでなく実務面でも大きなダメージを負うことになります。

医療法人の分院展開でつまずきやすいポイント

分院開設において、実際によくあるご相談の多くは「思っていたより大変だった」というものです。

勢いで進めたあとに見えてくる現実があります。

管理体制の整備が追いつかない

拠点が増えると、労務管理、レセプト請求、物品管理などの事務負担は確実に増えます。

本院で院長や事務長が属人的に回していた運営は、拠点間では通用しにくくなります。

チェック体制が追いつかなければ、請求漏れや労務トラブルなどのリスクも高まります。

分院を出す前に、業務の標準化や役割分担の明確化を行い、複数拠点を前提とした管理体制を整えておくことが重要です。

本院の成功パターンを持ち込む

「本院でうまくいったから、分院でも同じやり方で大丈夫」と考えるのはリスクになります。

エリアが変われば、患者層も競合も変わります。

本院がオフィス街でビジネスパーソン中心、分院が住宅街でファミリー層中心というケースでは、診療時間の設定、スタッフ体制、接遇のあり方、広告媒体まで見直しが必要です。

また、本院の運営モデルをそのまま再現しようとすると、地域の特性に合わず、集患が伸び悩むことがあります。

法務・税務の確認が後回しになる

物件探しや内装デザインなど「目に見える準備」に熱中するあまり、事務的な手続きや税制の確認が置き去りになりがちです。

定款変更認可のスケジュールを無視して物件契約を先行させると、認可が下りるまでの数ヶ月間、診療ができないまま「空家賃」だけを払い続けることになります。

また、拠点が増えることで資金の流れや収支構造が変わるため、税務面の確認も早い段階で行っておくことが望ましいです。

まとめ|医療法人の分院開設は計画的な準備が不可欠

医療法人の分院開設は、1院目の開設とは流れも注意点も異なります。

所轄庁、法務局、保健所、厚生局と手続きの窓口が段階ごとに変わり、それぞれに期限があります。どこか一つでも遅れると、開院日は簡単に後ろへずれ込みます。

顧問税理士や専門家と連携し、制度面を確認しておくことが、結果として無駄のない開設につながります。

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この記事の執筆者
澤奈緒子(さわなおこ)
澤奈緒子(さわなおこ)
ライター・編集者
宅地建物取引士、2級FP技能士。不動産会社での実務経験を経て、10年以上にわたり専門記事の企画・執筆・編集に携わっています。会計や税務といった複雑なテーマを紐解き、実務の視点から、経営者の皆さまに役立つ情報を分かりやすく解説しています。

記事の監修

八木会計事務所
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税理士法人 八木会計
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