医療・福祉経営

【数字】所得いくらから?医療法人化の損益分岐点シミュレーション(歯科・皮膚科事例)

澤奈央子

確定申告を終えるたびに、「税金が高すぎる」と感じる歯科院長は少なくありません。

節税対策の筆頭として検討される「医療法人化」ですが、

「所得がいくらになったら有利になるのか」
「自分の医院も、法人化を考える段階なのか」

と、判断に迷う方も多いです。

そこで本記事では、所得別に「個人」と「法人」の手取り額を徹底比較。

歯科医院にとって、法人化が有利になる所得のボーダーライン(損益分岐点を具体的に見ていきます。

あわせて、皮膚科など他診療科との違いや、同じ所得でも結果が変わる運営体制の考え方についても補足します。

結論|医療法人化の検討目安は「所得2,000万円」

結論からいうと、医療法人化によって節税メリットがはっきりと出始めるラインは、年間所得2,000万円前後です。

まずは、所得別に見た法人化による手取り変化の目安をご覧ください。

年間所得(税引前)手取りの変化(目安)検討
1,500万円ほぼ変わらない(数万〜30万円程度)△ 今すぐでなくてOK
2,000万円約100万円〜150万円増加〇 前向きに検討
3,000万円約300万円以上増加◎ すぐに動くべき

※上記は一般的な歯科医院を想定した目安

注意点として、診療内容、人件費、役員報酬の設計、社会保険料の負担状況によって結果は大きく変わります。

医院ごとの状況によって、法人化の最適解は異なるからです。

「〇〇万円を超えたら必ず法人化すべき」という単純な基準は成り立たないため、なぜこの水準で差が出やすいのかを次章から詳しく解説します。

医療法人化するか迷ったら、まず確認したい3つの数字

法人化を考え始めたら、まず自院の現状を数字で把握することが重要です。

特に次の3つは法人化の損益を左右しやすい指標になります。

年間の売上高

患者さんから受け取ったお金の総和です。 (例:年商 8,000万円)

医院の規模感や、法人化後に発生する運営コストを把握するための基準になります。

税引前の年間所得

医院の売上から必要経費(材料費・スタッフ給与・家賃など)をすべて差し引いた、税金を計算するベースとなる「利益」を指します。

法人化によって節税効果が出るかどうかを判断する、最も重要な数字になります。

スタッフの人数

医療法人化後は社会保険の適用関係が変わるため、スタッフ人数によって法人側の社会保険料負担が大きく左右されます。

これらの数字を事前に確認しておくことで、法人化した場合に「手元に残るお金」がどの程度変わるのかを、より現実的にイメージできるでしょう。

【所得別】医療法人化はいくらから有利?損益分岐点シミュレーション

本章では、分岐点の目安となる「年間所得2,000万円」を含む3つのパターンを想定し、個人事業主と医療法人での「手元に残るお金(手取り)」の差を算出しました。

ぜひ、直近の確定申告書を振り返りながら、ご自身の医院がどのケースに近いか照らし合わせてみてください。

前提条件(モデルケース)
  • 歯科医院(院長1名体制)
  • 年間売上:8,000万円〜1億円程度
  • スタッフ構成:歯科衛生士3名+受付1名
  • 家族給与の支給なし

上記は一般的なモデルケースです。実際の税額は、診療内容や役員報酬の設定、経費率によって変動するため、目安としてご活用ください。

ケース① 年間所得1,500万円|法人化メリットは限定的

所得が1,500万円の段階では、個人と法人で手元に残る金額に大きな開きは見られません。 

項目個人事業主医療法人化した場合(例)
年間所得(税引前)1,500万円1,500万円
お金の受け取り方院長の所得役員報酬+法人利益
役員報酬(院長個人で受け取る)1,200万円
法人利益(法人に残る)300万円
税・社会保険の合計負担(概算)約500万〜550万円約520万〜580万円
手取り額(概算)約950万〜1,000万円約920万〜980万円
手取り差(目安)ほぼ変わらない

この所得帯では、節税効果よりも制度負担が上回る可能性があるため、急いで法人化する必要はありません。

ケース② 年間所得2,000万円|法人化を検討すべきライン

所得が2,000万円を超えると、法人化によるプラスの効果が数字として表れ始めます。 

項目個人事業主医療法人化した場合(例)
年間所得(税引前)2,000万円2,000万円
お金の受け取り方院長の所得役員報酬+法人利益
役員報酬(院長個人で受け取る)1,500万円
法人利益(法人に残る)500万円
税・社会保険の合計負担(概算)約800万〜850万円約650万〜700万円
手取り額(概算)約1,150万〜1,200万円約1,300万〜1,350万円
手取り差(目安)+約100万〜150万円

ここが法人化を本格的に検討するひとつの基準点です。

個人にかかる高い税率を抑えられるため、手元に残る資金を年間で100万円以上増やせる計算になります。

ケース③ 年間所得2,500万〜3,000万円|法人化で差が出る

年間所得2,500万円以上の場合、法人化の有無により手元に残る資金に差が生じます。 

項目個人事業主医療法人化した場合(例)
年間所得(税引前)2,500万〜3,000万円2,500万〜3,000万円
お金の受け取り方院長の所得役員報酬+法人利益
役員報酬(院長個人で受け取る)1,800万〜2,000万円
法人利益(法人に残る)700万〜1,000万円
税・社会保険の合計負担(概算)約1,200万〜1,500万円約900万〜1,100万円
手取り額(概算)約1,300万〜1,500万円約1,600万〜1,800万円
手取り差(目安)+約300万円前後

この所得帯は、具体的な法人化準備に入るべき段階です。

個人の累進課税が非常に重くなるため、所得を「法人」と「個人」に分散するメリットが最大化されます。 

【補足】歯科以外の損益分岐点シミュレーション

では、歯科以外の診療科では、損益分岐点の境界線は異なるのでしょうか。

1. 皮膚科・美容皮膚科

皮膚科では、ビジネスモデルによって分岐点が変わります。

① 保険診療メイン(地域密着型)所得目安:2,500万円〜

診察数が多く(1日100人〜)、多くの看護師や受付スタッフが必要です。
法人化による「全スタッフの社保負担」が重く、所得2,000万円程度では節税分が相殺されてしまいます。

② ハイブリッド型(保険 + 一部自費)所得目安:2,000万円前後

保険で集客しつつ、シミ取りや脱毛などの自費診療で利益率を補います。
社保負担を自費の利益で吸収できるか、丁寧なシミュレーションが必要な領域です。

③ 完全自費(少数精鋭・高単価美容)所得目安:1,500万円前後

院長+最小限のスタッフで運営のため、人件費(社保負担)を抑えられます。
所得が跳ね上がりやすいため、早期の法人化による「所得分散(家族への給与)」のメリットが最大化されます。

2. その他の診療科

診療科の特性により、スタッフ数や設備投資の重さが変わるため、目安も変動します。

①透析内科・整形外科など(スタッフ過多型)所得目安:2,500万円超

技師、リハビリ職、看護師など常勤スタッフの割合が多いです。
法人化に伴う社会保険料の強制加入によるコスト増が、数百万〜一千万円単位になることもあり、かなり高い所得がないとメリットが出ません。

②心療内科・精神科(低コスト型)所得目安:1,500万円〜1,800万円

高額な設備投資が少なく、主なコストは家賃と少人数の人件費が特徴です。
利益率が高くなりやすいため、比較的早い段階で法人化の検討対象に入ります。

このように、どのような診療科であっても、「スタッフ構成」と「利益率」に基づいた個別シミュレーションが、失敗しない法人化の絶対条件です。

法人化の損得は歯科医院の運営体制によって異なる

所得別シミュレーションで「法人化のメリットが出やすいライン」に該当していても、実際の損得は、医院の運営スタイルによっても変化します。

ここでは、歯科医院によく見られる4つの運営タイプに分けて、シミュレーション結果をどう補正して考えるべきかを整理します。

ご自身の医院がどれに近いかを確認してみてください。

【タイプ①】自費特化・少数精鋭 所得2,000万円未満でも検討価値あり

  • 自費率が高く、インプラントや矯正・審美診療がメイン
  • ユニット2〜3台、院長+スタッフ1〜2名のミニマムな運営体制
  • 人件費・社会保険料の総額が小さい
  • チェアタイムあたりの収益性が極めて高い

社会保険料の増加分が限定的なため、所得が2,000万円に届いていなくても、法人化による節税効果がそのまま手残りに反映されやすいタイプです。

【タイプ②】保険診療メイン 所得2,000万円超でも慎重に

  • 保険診療(レセプト枚数重視)の運営スタイル
  • ユニット数が多く、DH・受付が5名以上在籍
  • 人件費と社保負担が重い構造

法人化により「全スタッフ社会保険加入」となることで、節税した分が社保負担で相殺されるケースが少なくありません。

所得水準だけで判断するのは危険なタイプです。

【タイプ③】分院展開・拡大志向 損得以上の判断が必要

  • 分院展開やユニット増設を予定
  • 勤務医(分院長候補)やスタッフの採用、増員を継続的に想定
  • 資金調達や採用力を重視

現在の所得が目安未満でも、採用ブランディング(社保完備)や融資の受けやすさを優先し、早めに法人化という判断が合理的なケースです。

【タイプ④】家族経営・所得分散 世帯年収の最適化を狙える

  • 配偶者が専従者、または経営に関与
  • 世帯単位で生活設計を考えている

院長一人の高い所得を、役員である家族に分けることで、世帯全体にかかる税率を賢く抑えることが可能です。

所得2,000万円未満であっても、世帯単位での手元に残るお金(可処分所得)を大きく増やせるのが、このタイプの特徴です。

個人事業主と医療法人では税負担の仕組みが異なる

前半のシミュレーションで見たように、所得が増えるほど、個人事業主と医療法人では手元に残る金額に差が出やすくなります。

理由は、個人事業主と医療法人では、税金の計算ルールが根本的に異なるためです。

その仕組みを見ていきます。

個人事業主の税負担の特徴

歯科院長が個人事業主として得た所得には、主に次の税金がかかります。

  • 所得税(累進課税)
  • 住民税
  • 個人事業税

最大の特徴は、所得が増えるほど税率が段階的に上がる「累進課税」である点です。

所得税は、課税所得が増えるにつれて、5% → 10% → 20% → 23% → 33% → 40% → 45%と税率が上昇していきます。

これに一律10%の住民税が加わるため、所得が増えるにつれて、手元に残る割合が少しずつ減っていきます。

このように、稼げば稼ぐほど、個人に高い税率が直撃する構造が、個人事業主の税負担の特徴です。

参考:国税庁 所得税の税率
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm

医療法人化後の税負担の特徴

医療法人化すると、それまでの「所得税」に代わり、以下の2つの税金がかかります。

  • 法人利益に対する法人税等
  • 院長が受け取る役員報酬に対する所得税・住民税

個人にかかる所得税は、所得が上がるほど税率も跳ね上がる「累進課税」です。

一方で法人税は、所得が増えても税率の上がり幅が小さく、一定の範囲に収まるという性質があります。

この「税率の差」を利用することで、利益が大きくなるほど、法人化による手残りの差も広がっていくのです。

歯科医院が医療法人化で得られる主なメリット

ここで、医療法人化による主なメリットを整理しておきましょう。

①所得分散による節税効果

院長個人に集中していた所得を、役員報酬や法人利益として分けられるため、高所得帯では全体の税負担を抑えやすくなります。

②事業承継・将来設計がしやすくなる

個人事業と異なり、法人として経営を引き継げるため、親族内承継や将来の引退を見据えた設計がしやすくなります。

③金融機関・対外的な信用の向上

法人格を持つことで、融資や条件交渉において信用評価が安定しやすくなります。

④スタッフ採用・定着への好影響

社会保険完備の職場として認識されやすく、歯科衛生士や受付スタッフの採用・定着にプラスに働くケースがあります。

⑤分院展開や規模拡大を前提とした運営が可能

将来的な分院展開や人員増加を見据えた経営管理に移行しやすくなります。

医療法人化の全体像については、以下の記事でも詳しく整理しています。

あわせて読みたい
医療法人とは?個人事業主との違い・類型・メリットデメリットを解説
医療法人とは?個人事業主との違い・類型・メリットデメリットを解説

歯科医院が医療法人化で注意すべきデメリット

医療法人化には注意点もあります。判断を誤らないために確認しておきましょう。

①社会保険負担が増える可能性がある

医療法人は原則として社会保険の適用事業所となり、院長本人だけでなくスタッフ分の保険料負担が発生します。

②社会保険料は法人とスタッフで折半負担

厚生年金保険料などは事業主と被保険者で半分ずつ負担するため、スタッフ数が多いほど法人側の負担が重くなります。

③一度法人化すると簡単に元に戻れない

医療法人の解散や清算には時間と手間がかかり、「節税目的だけ」で進めると後悔につながることがあります。

④事務負担・管理体制が厳格になる

事業報告や各種届出などの事務作業が増え、個人事業のような柔軟な資金管理はできなくなります。

⑤新規指導・運営ルールへの対応が必要

法人化は開設者の変更に該当し、歯科特有の新規指導や運営ルールへの対応が求められます。

まとめ|医療法人化の目安は「所得2,000万円×運営体制」で決まる

歯科医院の場合、所得2,000万円前後は法人化を検討し始める一つの目安ではありますが、それだけで損得が決まるわけではありません。

  • スタッフ数や人件費の構造
  • 自費診療の比率
  • 将来的な分院展開の有無

といった運営体制によっても大きく変わります。そのため、医療法人化の判断では次の視点が求められます。

  • 所得2,000万円は「目安」に過ぎない
  • 運営体制により法人化の損得は大きく変わる
  • 自院の数字に基づく個別シミュレーションが必要

医療法人化は、一度進めると簡単に元に戻せない選択です。

周囲の声や表面的な節税額に惑わされず、現状の数字と将来の方向性を整理したうえで、自院にとって本当に意味のあるタイミングを見極めていきましょう。

医療法人化の流れや判断タイミングについては、別記事でロードマップ形式で整理していますので参考にしてください。

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この記事の執筆者
澤奈緒子(さわなおこ)
澤奈緒子(さわなおこ)
ライター・編集者
宅地建物取引士、2級FP技能士。不動産会社での実務経験を経て、10年以上にわたり専門記事の企画・執筆・編集に携わっています。会計や税務といった複雑なテーマを紐解き、実務の視点から、経営者の皆さまに役立つ情報を分かりやすく解説しています。

記事の監修

八木会計事務所
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税理士法人 八木会計
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